騾黒愛(Lark roa)

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隣の恋愛

 この春、私立高校に合格して、ぼくはこのマンションに引っ越してきた。

「メゾンドデクス102号室」ここが新しい家だ。はじめての一人暮らし。

 まずは202、101と挨拶をきちんとできた。キンチョーしたけど、都会の人は思ったより優しかった。

103号室のチャイムを鳴らす。「はーい!」と出てきたのは、白のパーカーにスウェットの、女の人だった。ぼくはまさかこんなに若い人が住んでいると思わなくて、びっくりして、すこしどもりながら、「隣に引っ越してきたも、者です。これ、よかったら。」とタオルの入った紙袋を女の人に渡した。「ありがとうございます。今時めずらしいよ、きちんと挨拶に来る人なんて。若いのにしっかりしてるね。」お姉さんははにかんで、ドアを閉めた。お花のような、いい匂いがした。

 

 学校が始まった。最初はとても不安だったけれど、段々と顔見知りやよく話す友達も増えてきて、とても楽しい。勉強は大変だけれど、夢のための我慢だ、と考えたらちょっと楽になった。

 

 いつものように102号室に帰って、卵かけごはんを作って食べる。その後は授業の復習をして、TVゲームを一時間やって、寝る。いつものルーティンだ。歯を磨いて、ベッドに行く。今日もクラスのアイドルのあの子に話しかけられなかったなあ。

 

 ガチャガチャ、ガチャガチャ、「あれ??」玄関からの音で目が覚めた。うるさいなあ、と思いながら玄関を開けると、103のお姉さんが倒れ込んできた。ぼくは、「えっえっ!大丈夫ですか?救急車!」と携帯を取りに行こうとすると、お姉さんはぼくにくっついたまま、「いや、だいじょーーぶ、み、みず、水ちょーだい」と言ったので、ぼくはゆっくりとお姉さんを横たえて、グラスに水を注いで渡した。「あー生き返る!」とお姉さんは真っ赤な顔で言う。

 

 「どうしたんですか…?」と尋ねると、「あー、、大人のひみつ。」と言った。お姉さんはスーツ姿で、今日はお花の匂いじゃなくて、燻製の食べ物みたいな匂いがした。お姉さんはフラフラとした足取りで、うちを出て行った。

 

 次の日、アラームで朝の六時に目が覚めた。歯磨きをしていると、チャイムが鳴った。開けると、スーツ姿のお姉さんが立っていた。昨日はあんなに苦しそうだったのに、スッキリとした顔で。「昨日は本当にごめん!お水もありがとうね。」「いえいえ、、」「これ、お礼に。映画のチケット。2人分。行けなくなっちゃってさ、よかったら。」「いいんですか?」「こちらこそこんなものでごめんね!学校がんばってね、仕事行ってくるね!」「は…はい」ガチャ、と玄関が閉まる。

 

 お姉さんがくれた恋愛映画のチケットを見つめて、ぼくは決めた。クラスのアイドルのあの子を、誘って行こう。学校につくと、あの子に話しかけた。「あの、よかったら映画に、行きませんか?」あの子は「いいよ!」と言ってくれた。やった!お姉さんのおかげであの子とデートだ!ありがとう!と心で叫んだ。

 日曜日。待ち合わせ場所にきたあの子は、いつものセーラー服じゃなくて、少しダボっとしたTシャツを、スカートにインしていた、いつもより無防備な格好に、心臓が飛び出そうだった。映画館まで歩く道で、ぼくは緊張と暑さで汗だくだった。あの子は「汗すごいよ、休む?」と言ってくれたので、近くのお店でアイスを買って、ベンチに座って休んだ。「おいしいね。」「うん、おいしい。」そこから映画館までは、すぐだった。映画館の席につく。隣どおしで座るなんてなかったから、僕は映画よりそっちに注意がいってしまった。「感動したー、ずっとこの映画みたかったの」「そうなんだ、ぼくも感動した。」嘘をついた。ぼくたちは映画館を出て、しばらく歩いた。バス停につくとあの子は、「私ここで!またね!」と言ってこちらに向かって手を振った。「またね!」といいながらバスの窓のあの子に手を振った。あの子はニッコリ笑った。

 

 家について、ぼくはお姉さんに感謝をしないと、と思って103号室の、チャイムを鳴らした。なかからちょっと話し声がしてから、お姉さんがドアを開けた。もわん、と燻製の匂いが鼻についた。「あの、チケットありがとうございます。」「余りものだからぜんぜん、今時めずらしいよ、ちゃんとお礼を言える人なんて、若いのにしっかりしてるね。」お姉さんの顔はまた真っ赤だった。でもところどころ、真っ青。おーい、とお姉さんの部屋の中から女の人の声がして、「ごめんね、戻らなきゃ」と言って、お姉さんはドアを閉めた。