騾黒愛(Lark roa)

larkroa@gmail.com

糸色哥欠(いとしきこなし)ー特定少年A

 ぼくは、ロックンロール・スターになりたかった。TVでは、変な顔をしてミュージシャンが跳ね回っていた。ぼくも成りたいと思った。

 でも、ぼくには楽器を買うお金も、バンドをする友達もいなかった。

 ぼくの生的欲求(リビドー)は、導火線が燃えはじめた、爆弾のようだった。

劣等生だったから、高校もろくに修了できなかった。ぼくは、都会に出た。

これは皮肉な話なんだけれども、住所の漢字は全く同じ所へ。

 ぼくは、親戚のおばさんの紹介で、ライン工として働き始めた。仕事は大変だったけれど、汗をかいた躰に染み渡る、酎杯がたまらなく美味だった。

 ある日、工員と喧嘩をした。「出てってやる」と言って工場を飛び出した。

 向かったさきは、車で数分の、ラーメン屋だ。そこでぼくは、酎杯をぐい、ぐいと呑み、工員の悪口を大将を対象に奴当たりした。

 

 ライン工に行かなくなった(というより、行けなく成った。)

 おばさんに対する申し訳なさ、工員総てから罵倒されている感じがした。ぼくは、酎杯を買い込んで、公営のアパートに越して、引きこもった。

 でも生きていると何かとお金がかかる。働いていたときは何の差し障りもなかった酒代や、食代がいやに高く感じられた。

 

 いつものラーメン屋で食い逃げをした。

 ケーサツに捕まって、人生が終わったと思った、と同時に、こんなもの終わってもいいとも思った。でも、おばさんが代わりに代金を払ってくれて、ぼくは無罪放免、だ。

 

 もう、おばさんに合わせる顔がない。

 5月30日。ぼくは酎杯をぐいと飲みほして、決意をきめた。

持ち物は短刀、ライターオイル、100円ライターだ。

勘のいい読者諸君なら、ここで特定少年Aが何をするかもう理解できたであろう。

 

 3丁目X2-X6。昼一時。丁度昼休憩の時間。車に乗り込んだ。決行だ。

一見普通のアパートメントに見えるヤモリ野郎の工場に、ぼくはオイルをまいて、100円ライターを投げ込んだ。

 ごおごおと音を立てる工場を見て、ぼくは興奮していた。止まらない興奮を。僕の手で、仕返しをしてやった。蜘蛛の糸を、自分から燃やし尽くしてやった。 

 車に乗り込んで、アクセルを踏む。なぜだか動かない。

しまった、ガス欠だ。ぼくは如何し様もない状況に、車のなかでただ打ち震えていた。

 

 サイレンの音がする。今度は本当に一缶の終わりだ。酎杯の缶を放り捨てる様に、ぼくは世界から追放されるのだ。

 

 

 声をかけてきたのは、白い服を着た人間だった。「大丈夫ですか?」と声をかけられ、あまりのショックに気を失ったぼくは、病院に運ばれた。

 ぼくは、英語のよくわからない病名をつけられて、入院させられた。

翌日、朝食のときに流れていたラヂヲが聞こえた。

 ー死傷者25人、戦後最大の放火犯、犯人はいまだ見つからず

 ぼくはいつもの通り朝食を済ませ、ふて寝した。

 

おばさんと、工員に書いた、とっておきのラヴ・レターを読みながら。