「人は死ぬから美しい」とあの頃、彼は言った。
しかし現在。全身に管をつながれて、酸素吸入器からなんとか生きる資格を得ている。
どこが美しいというのか。こんなにも生に執着して、他人の力に凭れて委ねて。
何処が生きていると云ふのか。まったく滑稽。愚かなものである。
若いころは自らの命などいつでも棄てられると大言壮語であったものの、こうして衰弱しきって、こちらを見詰める目には緑が混ざる。
棄てられることを誰よりも恐れていたのは貴方ではないのか、と思ふ。
どんなに美しい装飾を纏っていたとしても、大金持ちでも、なにやら乾く暇がなくても、死ぬ。必ず死ぬ。死ぬなんて可愛らしいものではない。
そこへ至るまでは、苦しみ痛み妬み嫉み。
くたばる瞬間には誰も彼も希うのだ。「まだ生きたい」「後悔している」
そのやうな泣き言をほざいても、酸素吸入器に二酸化炭素と共に吸収されてしまう。
そうしてこの男も、死ではなく生を選んでいる。間違いなく己の意志で。
人間に真に与えられた権利はただ一つ、寿命を決めることである。
いつともなく産み落とされたのだから。
死ぬベストタイミングくらいは自己決定したい。