「ミレーちゃん」が、母のあだ名だった。
17歳で私を産んだ。付き合っていた人とは結婚出来なかった。
その人が何をやっているかは知らない、知る必要もない。
3歳になるころに、繫華街の安物件に越した。
嬌声や罵声の喧騒を、未だに色濃く思い出せる。
私のママはミレーちゃんだけではなかった。ユコちゃん、レイさん。
みんなみんな、私の大切なママだ。
ミレーちゃんが休みの日に、出かけるのが大好きだった。
夜とは違う街みたいに、やわらかい声でいっぱいだった。
ミレーちゃんは、高校に行ってほしい、と言ったけれど、行かないことに決めた。
働ける年齢になったら、これ以上ミレーちゃんに苦労をかけられない、と思ってのこと
右も左も分からないまま、ミレーちゃんのように綺麗になりたくて、
でもまだお金は全然足りなくて、働いた。
絶対一人暮らしをする。そうしてミレーちゃんみたいに、強い人になるんだ。
2年が経ったころ、知らない人から電話がかかってきた。
ミレーちゃんは小さな箱になった。
黒い服を着た人達が、「あの売女、私の男取ったのよ」「結婚詐欺やってたって噂」
「あいつは一族の恥だった。これで堂々と出歩ける」
嫌になって家に帰ってテレビをつけると、ミレーちゃんが笑っていた。
「30代女性殺害 痴情のもつれか」「結婚詐欺師だったのでは」
と、ネクタイを付けた大人が、話していた。
ミレーちゃんは、後ろの画面で、ずっとこっちを見て笑っている。
ミレーちゃんは、何も言わない。
次の朝、仕事へ行こうと玄関を開けると、マイクを持った人達に囲まれた。
「ご家族の方ですか?お辛いところ申し訳ありませんが、少しお話を…。」
急に息が苦しくなって、声がだんだん遠くなった。
気が付くと誰も居なくなっていた。
ミレーちゃんだけが寄り添ってくれた。