騾黒愛(Lark roa)

larkroa@gmail.com

ロマンチシズム

 

「まったく、お前のロマンチシズム趣味にはあきれた。伊達男でも無いくせに、いちいちクサい芝居ばかり打ちやがる。第一、メロドラマのやうなに演じてみても、あんなもんは裏に興が醒めるやうな台本があって、そこに則ってただ役をこなしている丈けなんだから。」

「そうだ、張りぼてなんだよ。」

言い終えて、グラスの酎杯が減ったことに目がゆく。

おい。お前、台所にまだ有ったろう、たしかあの、海外のセレヴみたいな瀟洒な酒が。

 

ロマン主義者は殊更大げさに、だんまりと酒をグラスに注いだ。

「おうおう、さすが役者さんだね、三枚目だが演技だけなら食っていけそうだな。」

と軽口を叩くと、既に真っ赤なツラに赤を塗り重ねて悔しそうに唖黙るのがおもしろく、迎撃船を出港させてやる。

「貴男も私も、ロマン主義なんかにかぶれる齢じゃないでしょう、そろそろその狂信仰をタンスにでも仕舞って了ったらいいんじゃないのかしら。」

わざと女形のやうに、刺戟する。

 

赤ダルマは髭だらけの不潔な口をついに開いた。

 

「お前こそ、そろそろ仕舞い時なんじゃないのか。」

達磨法師の人物画を思はせるやうな、烈しい口調に、思わずグラスを置いた。

「お前がロマンチシズムを好まないのは、なぜだと思う?」

 

一寸間を置いてから、ダルマへ言葉を投げつける。

「決まっている。メロドラマのやうなファンタジィに幻想を抱くのは、現実に飽き飽きして居て、つまらないものだと烙印を押している人間が、その軽薄さを悟られないやうに、大仰な世界を創り上げて、そこを愛撫することで快楽を得て、”ロマンチスト”なぞ気取った名刺を差し出して、女に『あらステキ、芸術の分かる方なのね。』と偉ぶる為に創られたものの奴隷で在るにも拘わらず、偉そうに物知り顔で振る舞うのが気にくわない。」

 

赤ダルマは一寸の間も置かず、弁を始めた。さも台本があるかのやうに、流暢に。

「お前はロマンチシズムは現実の道をそれて、その軌跡が獣みちに成ってメロドラマが成立する、と言った。お前の軸は現実に在る。言葉を借りるならば現実の奴隷だ。ロマン主義をロマンチシズムと呼ぶのなら、お前はさしずめリアリズムだろう。現実で生きて居て、現実の喜怒哀楽だけで満足。満ち足りることを覚える。大変ご立派な倹約家だ。偉ぶる為、なぞと云うて居たが、現実で偉ぶれないフーテンが、偉ぶることに何の問題がある。女に語れるものなぞ何も無いやうな空洞人間が、ロマンチシズムを魅せる。

現実ではお前は多少威張られるやうな良点が有るのだろうが、無い人間は何を語る?騙る以外に道は無いだろう。」

 

強くなるダルマの語気に臆せず、

とはいかず。

私はすっかり青ナスのやうに、へなへなと萎れて、ただただダルマを見詰めて居た。

ダルマはさしづめ選挙の当選演説の、脂こい顔に、侮蔑の笑みを浮かべて居た。

 

私は敗北の美酒をぐいと呷って、呻いた。

「今日はもう遅い、」

と言う先か後か、ダルマが「もう寝るか」、と演劇口調で言った。

すべてを見通して、夜通し論なぞ要らぬと、八百長試合でレフェリーがスリーカウントを取ったときのやうな、贋物の笑みを浮かべながら。

このまま北げるのは癪に障るから、何かカウンターを、と思うた。

 

翌日、花屋に行った。ロマン主義の社会では景気が良いらしかった。

取り残されたやうな、否、リアリズムを忘れてはならぬ。偽よりも真だ。

丁寧に包装をして貰い、例のロマンだるまの元へ赴いた。

 

ロマンだるまは出迎えた、まるで演劇なぞとはかけ離れたやうな、工員みたいな汚らわしい格好で。ふと目をやると蝶ネクタイとスーツなぞが掛けてある。キセルみたいな野郎だ、と思うた。見える所のみ真鍮で、内実は只のつまらない木の空洞。

 

レヴィアンローズだとか何とかの、たいそうな名前の花を、メロドラマのシイン様々、膝を着いて差し出した。

ロマンだるまは昨日が偽であったかのやうに、

「昨晩は、物言いが過ぎた。すまない。お前も、ロマンチシズムがわかる人間になったか。先日の喜劇なんだがね、主役が、、

 

なぞと語り始めた。愚かなダルマだ。

同胞を捜して、見つけて語り、朝になる。このダルマはそうして、老いるのだらう。

羅宇の腐りに気付かれないやうに、偽の布で拭い、その毎、冷や汗を拭い続けるのだ。