騾黒愛(Lark roa)

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ストレスの名医

 男は、この頃腹の具合の良くないのを気にして、医者にかかることにした。

なんでも、噂では最高の名医なぞと称されていると云ふ。

 

想像よりも若い、青白いツラをした小僧が、件の医者で或った。

小僧は体躯に見合わぬ大きな椅子に、ちょこん、と腰掛けて居る。

小僧は言う。

「貴方の胃痛は、ストレスが原因かも知れません。」

男は落胆した。この頃、いやに”ストレス”なぞと聞く。

男は巷に蔓延るストレスと云ふ言葉に、オカルトめいた物を感じていた。

「はぁ、ストレスですか、でしたら、治せぬのですね、」

荷物を詰めて外套を羽織る男の背後に声がした。

 

「ストレス、治しましょうか?」

 

「ストレスは、治るのですか?」男は、素っ頓狂な声で訊き返した。

「はい。」

男は思った。この小僧は、自分を騙して銭を掠めとらうとして居るのでは、と。

「代金は、無償でいたします。」

啞然とした。詐欺師だとしても、ここでギャンブルを打って了おうと決めた。

「でしたら、お願い致します。すぐにでも。」

 

「始めます。」

手術台の脇で、小僧が話す。

「麻酔をしますので」と、説明がなされた。

だうやらストレスの手術は大変痛みを伴うやうで、勧められるまま男は麻酔を頼んだ。

 

手術が終わった。

「どうです?胃痛の具合は」

尋ねる小僧の顔、笑った男の顔、

否、”男であったもの”が、ジャム塗れた食パンの上で、微笑を浮かべていた。