騾黒愛(Lark roa)

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女給 3E 01 2F 00

 余り言いふらすべきことではないだろうが、大酒喰らいである。

つまらぬカフェなどで一杯やる、正に乙で或る。甲にはない素晴らしさ。

いぶし銀、と云ふ概念は有るが、いぶし金、なんてものは無い。

 

そのような言い訳をしながら、カストリ焼酎なぞを流し込んで、

「今日の女給は上物だったな、」

「いやいや、松竹梅で言ったら梅、どうも変に堅気だ。」

なぞと仲間内の愚痴をチェイサー代わりに流し込む。

管まいて阿呆のやうに語り乍ら、帰るのだ。

 

 

だうも、このカフェの女給は入れ替わりが烈しい。

週刊が出る周期よりも短いんじゃなかろうか。

 

そろそろ他のカフェに鞍替えするか、と思うたが、

「今更他のカフェの勝手都合礼儀を覚えるというのも面倒だ。」

などと楽をし度い丈けであるのに、体裁よく言い換えるきらいがある。

 

 

そうして、結局はこのカフェに舞い戻ってしまう。

生きるために窃盗を繰り返す輩さながらだ。

 

カフェの新しい女給が隣に座った。

痩身だが、ソファが少し軋む。

此の時、焼酎なぞという毒物劇物に翻弄されていなければ、言わなかったであろう。

しかし、うかつにも、熱に浮かされて、訪ねて了った。

「君、痩身だが意外と...」

女給が遮る。

「恐らく、体重の事でしょう?」

余りにオカルティックなことに、腦味噌を透視された気分になった。

女給は続けた。

「私たちもデリケートなのですよ。いろいろと。」

すっかり負け犬の様を呈し乍ら、

「すまない、デリカシーが欠けていた。」

「野暮用を思い出した。今日は帰る。」

気障な言い方で店を出た。

 

敗北。

仲間内の博打で下手を打って素寒貧になったときとは比べ物にならないほどの惨敗。

ああすべて、彼の女給の掌の上で転がされていたのだな。

 

けれども、僅かながら不気味な感情を覚えた。

猟奇殺人者が出る度、その身許を知りたがる惡い性分。

今までのつまらない女給たちにはないもの。

恐怖映画を態々ご足労して映画館へ向かうやうな心持で、カフェへと向かった。

 

矮小な声でカストリを注文する。

厚化粧の女給が隣に座る。

「カストリばかり飲まれるので、カストリー、って呼んじゃおうかな」

普段はこのような程度の低い話など耳に入れないものだが、今日は違う。

「ああ、素晴らしい。サントリーとも掛かっている。ハリウッド・スターみたいで、ゴージャスじゃないか。」

と、過剰に褒める。こういうノータリンは、外国語に弱い。

こんな女給、いくらでも技術でメイクラヴへ。経験談だ。

「うれしい!そんなに褒めてくださるなんて!やっぱり私って天才?そうそうこの前も易者さんに視てもらってね、あなたはジーニアスだ。なんて言われちゃって、、、」

乗った乗った。今晩はこの女給で妥協するか。

 

街が明るい。窓から差し込む光が、放射線のやうに痛い。

「カストリー、起きた?」

厚化粧が、いや元・厚化粧が顔を覗かせる。

心臓に悪い。

「とっとと出て行って呉れ、これから野暮用があるんだ。」

また虚仮を。

 

そういえば、あの女給は昨晩は非番だったのか?見かけもしなかった。

非番もあるか。旧海軍の労務賛美でもあるまいし。失念失念。

今日こそはあの憎き女給を、丸裸にしてやろうではないか。

 

カフェにて。ソファが軋む音が開始の合図だ。

「や、やあ先日は済まなかった。」

いや、違う、もっと衝撃的な、意外な、猫だましのやうな言葉を、、

「野暮用は今日はないのですか?」

「ああ、今日はなにもない。どうだ、行きつけの寿司屋がある、明日、どうだ?」

「寿司、、ですか。すみません。」

生ものが苦手なのか。一つ情報を抜き出せた。

「それじゃあ、、、」

「すみません、野暮用があるので、失礼します。」

差を見せつけられた、やはり何枚も上手である。考えろ。

圧倒的な破壊力の、核爆弾のやうな言葉を。

 

「家で、呑み直さないか?」

 

さあどう出る。張った張った。丁か半か。ぬるい博打はやめだ。今日から博徒だ。

 

「かしこまりました。」

 

かくして女給と家に上がり込んだ。

「さうだ、名前は何という?」

「サイボウ、です。」

「聞かない名前だな、漢字はどう書く?」

才坊

活字のやうな二つの文字が、書類の上に書かれた。

「才能の才に、坊主の坊かい、酷いご先祖もいたもんだ。」

と言ったのち、気付いた。

あまりの静けさに飛ばした軽い冗談の見積もりであったが、

これは軽口でしかない。笑えない冗談など、只の暴力だ。

 

すこし間が空いたのち、こともなさげに女給は尋ねた。

「お名前は?」

たかが女給に名など教える義理もないし、前例もない。

しかし前例がないことで踏みとどまっているなんて、つまらない裁判屋だ。

カストリー、さうだ。厚化粧から頂戴した名前がある。少し工夫をして。

「トリー、トリーだ」

「トリーさん」

「なんだ急に」

「姦淫は罪ですよ。尤も、スクラップのような…いえ形骸化したものですが」

ほう、クリスチャンときたか。

その逃げ道は思いつかなかった。

どうにか、本当はクリスチャンではないと暴いてやる、なんとしても鼻を明かす。

「ほう、クリスチャンときたか。」

「はい、はか、、家系がそうなので」

「ではクイズといこうじゃないか。」

「イエスの父親は?」

これはインチキ問題だ。

もちろん「神」という答えになる。

しかしイエスの父親はヤコブともとれる。

よし、この問題で炙り出す。

「神、およびヤコブです」

やられた。謀ったことすべてが水泡となる。

刀で切りつけやうとしてもするりと躱され、気付くと喉元に刀が迫ってくる。

「すまない、君を試した。」

平身低頭。

「構いませんよ。試されるのは慣れていますから。」

「それでは失礼します。」

 

ああ、また負けて終わるのか。これじゃ太平洋戦争の二の舞だ。

足掻く。脳味噌の中に玉音放送など流しはしない。

 

「結婚してくれ。」

「その前に、家族に挨拶に来てください。」

 

素っ頓狂な返しではあったが、収穫祭であった。

家族がどんな人物なのか。家はどうなのか、知るのみでも、大変な実りが有るだろう。

 

猛暑日

女給は長袖のブラウスで現れた。

「君、この気温で長袖なのか?」

「今日び、其のやうな質問をなさるのですね。お気遣いどうも。」

しまった。またデリカシーの欠けた発言。

口に門戸は立てられないとはよく言ったものだ。

 

「こちらです」

案内されたのは、想像よりも陳腐な、変哲もない家屋であった。拍子が抜けた。

出迎えたのは、齢三十のころの、やせぎすで或った。

「こちら、トリーさん。」

「結婚の挨拶をしに来たんですって。」

やせぎすは飛び上がらんばかりに驚いた。

「結婚だと?」

もう一度問うた。

「結婚するのか。後悔はないな。」

世間で聞く結婚の挨拶とはかけ離れた、驚愕に近いやうな感じを受けた。

「後悔はありません。」

「わかった。」やせぎすは先刻の剣幕が嘘のやうに、あっさりと了承した。

 

やせぎすは言った。

「ただし、定期メンテナンスがあるから、月に一度は顔を出しなさい。

 分かったな?サイボーグガール壱。」

「はい、もちろんです博士。」

女給が応えた。