騾黒愛(Lark roa)

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腦外科医Y

 Yは医者の家系に生まれた。

苦しむ患者を直す両親に尊敬を抱いた。医者に成らうと思うた。

Yは所謂お受験をして、偏差値の高い学校へ入った。

「副教科?そんな入試に必要ないもの、やらないよ」

そう言って副教科の授業が始まると、Yは決まって抜け出し、算数なぞの勉学をする。

それこそ、「教鞭を振るわれる」やうな事態だが、誰も振るわなかった。

否、振るえなかった。

 

教員は、Y無しでは何も出来なかった。

教員学校で専攻したのは、文学で或った。

そこで、方々の有名小説を読み、大きな知識を得た。

しかし、知恵の方の講義は取っていなかったのだ。

親の七光りで教員に成った。

 

Yは全国で一番の偏差値を鼻にかける高校へ合格する。

「絶対に大學へ行って、パパやママみたいに立派な医者になるぞ。」

と輪をかけて勉学に忙しなく勤しんだ。

 

全国模擬試験で、Yは1位を取った。

此の件以降、Yは次第に横柄になっていく。

学校では、

「お前、嫌い。」

と言った。彼の成績を畏れ尊敬した同級生が、追随して、

「お、おれも」「わたしも」

なぞと叫び、糾弾した。

被害を被った生徒はパニックを起こして、以来学校へ来なくなった。

 

Yは偏差値一番の大學へ進學した。

高校時分とは打って変わって、熱心に学業へ取り組んだ。

やがて、島から出て、本土で医者となった。

金の使い道はほとんど女だった。夜の街へ行き、豪遊する日々。

このころ、島の女と偶然にも出会い、結婚をした。

子どもを一人設けた。

「お医者さんの言うことはきちんと聞くんだよ。」

と、言って聞かせた。

 

しかし、女遊びにほとほと疲れ果てた妻は、黙って島へ帰って了う。

 

Yの息子は小学生のとき、咳が止まらなく成った。

 

Yの妻、つまり母親は彼を病院へ連れていった。

この島唯一の病院へ。

 

「どうもこれは、喉ではなく胃が惡いやうですな。胃薬を出します。」

「は、はぁ」

 

しかし、医者は噓を言っていた。出鱈目ではなく、熟考の上で。

 

とうぜん、直らない。医者へ文句を言いに、Yの妻が行く。

「どういうことです。一向に直りません。あなたどうかしてますわよ。」

ヒステリー。

「お医者さんの言うことはきちんと聞くんだよ。」

と、息子が諭す口調で言った。

ハッ、と我に返り、母親は急にしおらしくなって

「私ったら取り乱して、失礼いたしました。」と顔を赤らめた。

 

医者は落ち着いた様子で、事もなげに言う。

「あの薬はね、ゆっくりと効いていくのです。胃の病ってのはね、そんなに簡単に治るものじゃない。いいですか、服薬を続けてください。今月分です。また来月。」

「それと、容量はしっかりとお守りなすってくださいね。」

「はい、わかりました。」

と、患者はトボトボと帰っていく。

 

医者は金を見て、にやにやといやらしい微笑を浮かべる。

「フッ、この『しま』には俺しか医者がねえ。」

弟が応える。

「さすがの腕ですね、『あにき』、俺の『くすり』もなかなか上物でしょう。」

 

数日が経った。

医者の家にて、

何やら夜半に戸をしつこく叩くものだから、開けると、弟だった。

「なんだいお前かい、何の用だい。また新しい患者かい?」

「た、大変ですあにき。」と慌てた弟。

「どうしたってんだよ。」と兄貴。

「あの患者が、死んで了ったのです。」

「なんだ大慌てでそんな下らん事か、あれだけ容量を守れって言ってやったのによ。 母親を連れてきて、新たな患者にすりゃいいじゃねえかよ。」

 

 

一拍半の後、弟は息を整へて言った。

「しかしそれがですね。出張して居た父親が、医者だというのです。」

「何。それで。」

「子どもの死体を、研究の為に解剖したのです、つまり、『くすり』の成分も、、」

 

ふっ、と弟が倒れた。

「おい、おい。ああ、気がどうかしちまったんだ。あああ、俺たちゃ終わりだ。あいつが居ないと『くすり』が手に入らねぇ。ああ、どうしたらよいか、、」

いい歳の兄貴が、ワンワンと童のやうに泣く。

 

そこへ、Yが現れた。

「こんばんは。」

兄貴は、素っ頓狂な声をあげて、

「く、来るな、来るな。何でもする、見逃してくれないか。」

Yは倒れた弟を見て、

「おっと、それどころじゃあない、人が倒れてる。急いで病院に案内してくれ、」

「し、承知しましたっ。」

 

病院に着くと、Yと弟は直ぐに手術室へと入った。

「せ、先生、弟は直るんでしょうか。」あたふたする兄貴。

「なあに、多分ショックで倒れたんだろう、すぐに直せるさ。」

「ほ、本当ですか、ではお願いして、」

兄貴の言葉を遮り、Yは言うた。

「条件がある。お前のところの『くすり』、ひとつ残らず寄こせ。」

兄貴はもう奴隷だった。弟を質に取られてはもう勝負あり、だ。

兄貴は金庫に仕舞って置いた『くすり』を総てYに手渡した。

「おねがいします。おねがいいたします。」と添え書きまでつけて。

 

Yは手術に取り掛かった。

電気ショックで弟の心臓を直した。

「はい、直ったよ、それじゃ。」

Yは疾く帰っていった。

 

兄貴は今後のスキームを練らねばならぬ、と考えた。

島を出るほかない、弟がいればほかの『しま』でもやっていける。

弟が目を開けた。

「おお。本当に直った。心配したぞ、」と嬉々として弟に言う。

「あ、あーーあ、あああ、」

そういえばY先生は言っていた。時差ボケのやうなものが起こるけれど、段々よくなるよ、と。

 

Yは現在、腦外科の名医として知られている。

 

なにやら、何度も通う患者で常にいっぱいなんだそうな。